深夜2時に考えること
こんばんは。
皆さんは深夜2時、1人でベットに寝転びながらぼーっとしてるとなにを考えますか?
明日の部活のこと、テストのこと、仕事のこと、遊びのこと、トイレしてから寝たいけど布団入っちゃったしどうしようかなー、なんてことも考えてる人もいるんじゃないかなと思います。
私は深夜2時になると、明日の事について考えを巡らせてました。明日はこうして、こうして、こうしよう、と決めるんです。ベットの上でシュミレートし、あらかじめ明日を過ごします。
で、毎回こう思うんです。なんて平凡な1日だろう。
そうして次の日を迎えます。そして、思っていたより楽しくて、思っていた通り平凡な1日を送ります。
そして深夜2時、またシュミレートして、次の日を迎えるんです。
いったいこの行為になんの意味があるんだろう。ある日、綺麗な夕日が差し込む夕方の駅のホームでそう思いました。
私は、私として働いて、私なりに結婚して、私の子供を産んで、私なりに死んでいく。
これはなんだと思いました。なんの意味があるんだろうと、そう思ったんです。
こんなに夕日が綺麗なのに私はなにを考えてるんだろう。悩んでいた友人関係、仕事場のいざこざ。すべてがちっぽけに思えました。
こんなに世界は綺麗なのに、こんなに世界は繰り返されるのに、なに1日の出来事で悩んだんだろう。なに毎夜、私の1日をシュミレートしてんだろう。
私はそこから私について思いを巡らすことをやめました。他人について考えるんです。
やさしい母や、今も働く父のこと、可愛いペットでもいいんです。もちろん、うざったい兄妹でも。
そうすると私という人間が平凡だけど平凡じゃないそんな気がしてきます。心の視界が広がり世界が広がるように感じるんです。
どうやら、以前の私には私しか見えてなかったようです。
だからいまは私はこの世界の誰かについて考えて寝ます。少し視点が変わると面白いものです。
みなさんも時には他人のことを考えてみてはどうでしょうか?
深夜2時がとても意味ある時間に変わると思います。
【深夜1時50分の日本のどこかのベットの上から】